読売新聞 医療 からだエッセー

明るいがん講座

(14)大量療法 転移抑制に逆効果

乳がん編

白血病などで大量に抗がん剤を投与する方法があり、一定の成果を上げています。乳がんにも、10年ほど前、よく試されました。その顛末(てんまつ)を、米国MDアンダーソン病院の12年にわたる臨床試験結果から紹介します。

患者の平均年齢は45歳、全身状態はきわめて良好。手術でリンパ節転移が多数認められたものの、がんは完全に切除され、他の臓器に転移のない78人の乳がん患者さんが選ばれ、まず全員に通常の抗がん剤治療が行われました。そして、その後、約半数だけが無作為に選別され、さらに大量の抗がん剤による追加の治療も受けたのです。

リンパ節転移が多数ある場合、他の臓器にも転移しやすいことが知られています。大量の抗がん剤投与で、この臓器転移を抑えようとしたわけです。

当時は、多くの専門家が期待した治療方法でしたが、結果は期待を裏切りました。

転移は、大量療法36人中26人(単純計算で72%)、通常療法42人中27人(同じく64%)。死亡数は、大量療法で24人(67%)、通常療法23人(55%)。やはり、「つらい治療にメリットなし」だったのです。

でも、白血病では効果を示した治療法が、なぜ乳がんでは裏目にでたのでしょう。

大量療法が強すぎて、その副作用で亡くなったわけではありません。副作用で亡くなった方は1人だけで、死亡原因のほとんどは、乳がんの臓器転移でした。大量療法を受けた人の方が、転移は多かったのです。

本当に絶句してしまいますが、もう少し解説しましょう。

白血病には抗がん剤がとてもよく効きます。だから、大量療法で腫瘍(しゅよう)細胞を根絶でき、生存率が改善しました。けれども、乳がんに抗がん剤はそこまでは効きません。残念ながら、大量に使っても、乳がん細胞の根絶はできなかったのです。

そして、大量療法は、白血球など免疫に関する細胞を作る造血細胞をかなり破壊するので、身体の免疫力は低下します。それで、残存した乳がん細胞が転移しやすくなったのでしょう。

通常療法だけの場合、乳がん細胞自体はもっと多く残存したはずです。でも、患者さんの免疫力が、乳がん細胞に抵抗した結果、むしろ転移が少なかったのだと考えられます。

乳がんの大量療法。90年代前半には多くの専門家が期待したこの治療は、10年足らずで否定されました。「がん治療として病院で行われていることは、基本的には身体に悪いことばかり」と思い起こさせる、大切な教訓にすべきだと思います。

どんな治療も、やり過ぎは禁物。必要最小限の治療の探求こそが、「明るいがん治療」への道ではないでしょうか。

次回からも、乳がんの抗がん剤治療について、別の角度から見つめ直していきます。

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プロフィール

植松 稔  うえまつ・みのる
1982年滋賀医大卒。UASオンコロジーセンター長(厚地記念放射線研究所、鹿児島市)、ハーバード大・トロント大客員教授、慶応大非常勤講師。医学博士、放射線科専門医、乳癌学会専門医、放射線腫瘍学会認定医。肺がん三次元ピンポイント照射を開発。著書に「明るいがん治療」。


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