読売新聞 医療 からだエッセー

明るいがん講座

(16)抗がん剤で微小な転移消せる?

乳がん編

がんで最も嫌なのは転移です。乳がんの場合も、乳房は手術や放射線で治療できますが、その後の転移が気になります。

転移とは、全身に散ったがん細胞が他の臓器で増殖することです。その予防、抑制のために薬物療法が進歩しています。

最近は、早めの薬物療法を勧める専門家も増えていますが、それに関連して米国ハーバード大学の臨床試験を紹介します。

抗がん剤治療を要する1〜2期の乳がんに、乳房温存手術をした後、半数は「放射線が先」、残る半数は「抗がん剤が先」で治療しました。順番は逆でも、全体では全員が同じ放射線と抗がん剤の治療を受けました。治療は1990年前後に行われ、それから経過観察されています。

最初の報告は約5年後の96年で、「先に抗がん剤を使った方が、明らかに全身の転移が少なく、生存率も若干良好なようだ」という結果でした。

手術直後の抗がん剤と比べ、放射線の後に抗がん剤をまわすと2〜3か月は遅れます。そして、一般に転移の半数は、手術後2年以内に出現します。

だから「2〜3か月の遅れも無視できない。放射線を先行している間に、全身の微小な転移が成長し、抗がん剤で制御できない大きさに育った」と判断され、「抗がん剤先行では、微小なうちに転移をたたき、がん細胞を消滅させたから、転移発生が減った」と推測されました。

「抗がん剤は、大きな転移は制御できないが、微小な転移は消滅させられる」という一部専門家の通念にも一致します。

ところが、一昨年、この研究の11年を超える観察の結果が報告され、そこでは、以前認められた「抗がん剤先行」のメリットが消えていたのです。

放射線先行群は、5年目以降あまり転移が増えず、以前の結果と大差なかったのですが、抗がん剤先行群では5年目以降に転移が少しずつ増えて、10年たつと両グループの転移頻度に差がなくなっていたのです。もちろん生存率も同じです。

「放射線先行」で5年以内の転移が多かったのは、「抗がん剤投与の遅れで、全身の微小な転移が育った」と考えられます。また、「抗がん剤先行」で5年以降に転移が増えたのは、「抗がん剤で微小な転移が消滅したのではなく、増殖が遅れて表れたから」と解釈できます。

この研究以外にも、「早めの抗がん剤で転移抑制」を期待して企画された大規模な臨床試験がありますが、やはり早めにしても転移は減りませんでした。

「抗がん剤は、顕微鏡レベルの微小な転移なら消滅させられる」。この通念に駆り立てられて、薬物療法の決断をしている方も多いでしょう。

でも、この通念を信じきってよいのか。少々心配ですから、次回も同じテーマを考えます。


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プロフィール

植松 稔  うえまつ・みのる
1982年滋賀医大卒。UASオンコロジーセンター長(厚地記念放射線研究所、鹿児島市)、ハーバード大・トロント大客員教授、慶応大非常勤講師。医学博士、放射線科専門医、乳癌学会専門医、放射線腫瘍学会認定医。肺がん三次元ピンポイント照射を開発。著書に「明るいがん治療」。


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