読売新聞 医療 からだエッセー

明るいがん講座

(17)「抗がん剤で延命」は患者の一部

乳がん編

乳がんと診断されたら、手術する前に抗がん剤を投与する方法があります。手術後の投与に比べて、薬を使うのが数週間から数か月早い分だけ、身体に潜む微小な転移の消滅に有効だろう、と期待されました。

米国の臨床試験で、よく使われる2剤を手術前に投与したところ、大半の患者で、乳がんが縮小しました。

触診でも顕微鏡検査でも、がんが消失していた「超著効」が13%。触診ではがん消失と判断されたが、顕微鏡で調べたら残存していた「著効」が23%。がんのサイズが明らかに縮小した「縮小」が43%。サイズ不変ないし増大の「無反応」が20%。それから手術をして、10年近く経過をみています。

「縮小=延命」と考えられがちなのですが、意外な結果になりました。生存率を見ると「超著効」の13%の患者だけが抜きんでて良く、それ以外の「著効」や「縮小」は、「無反応」と大差ないようなのです。

「無反応」で延命効果があるとは考えにくい。となると、結果に差がない「縮小」も「著効」も延命しないと考えられます。

この後に行われた試験では、生存率の高かった「超著効」を増やすべく、手術前の抗がん剤を2剤から3剤に増やしました。すると「超著効」が13%から26%に倍増しました。狙い通り「超著効」が増えたにもかかわらず、生存率は向上せず、2剤、3剤ともほぼ同様でした。

理解しにくい結果ですから、私の解釈をお示しします。

「乳がんには、もともと驚くほど抗がん剤が効くタイプが13%くらいある。そのタイプなら、通常の抗がん剤で十分に延命効果がある。さらに抗がん剤の数や量を増やすと、一時的に『超著効』は増えるが、それは『見かけ上の反応』にすぎない。結局、明らかな延命効果があるのは、もともと驚くほど抗がん剤が効くタイプだった患者さんに限られているようだ」

本質は、以前紹介した大量の抗がん剤投与が無効だった話と同じです。驚くほど抗がん剤が効くタイプなら普通の抗がん剤で十分ですが、そこまで効かない乳がんには超大量投与でも及ばないのでしょう。免疫力が低下すると、むしろ逆効果です。

30年ほど前から「リンパ節転移のある乳がんの生存率が、抗がん剤で向上した」という報告がたくさんあります。それらの生存率が一様に、10〜15%上がっていることも、今回の推測を支持していると思います。

乳がんの抗がん剤はよく研究されています。それでもまだ、「万人に広く」ではなく、「一部の人」の延命に貢献しているのが現状と思われます。

だから、治療のガイドラインに万人を当てはめたくありません。個々人にとって最善の治療は、副作用などに無理のない方法の範囲にしかないはずです。


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プロフィール

植松 稔  うえまつ・みのる
1982年滋賀医大卒。UASオンコロジーセンター長(厚地記念放射線研究所、鹿児島市)、ハーバード大・トロント大客員教授、慶応大非常勤講師。医学博士、放射線科専門医、乳癌学会専門医、放射線腫瘍学会認定医。肺がん三次元ピンポイント照射を開発。著書に「明るいがん治療」。


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